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【プロフィール】困難とコンプレックスまみれの人生



「yourplus」を運営している、Kuraです。

現在、ぼくは「コーチングで勇気と希望を届ける」というやりたいことの実現のために日々活動をしています。

しかし、このやりたいことを見つけるまでにはたくさんの困難がありました。

この記事では、そんなぼくがこれまで生きてきた人生を書いています。

この記事を通して、あなたに勇気と笑顔を届けることができたら嬉しいです。

ざっくりわかる、くらの経歴

1996年 関西で生まれる。

小学生   ガリガリな体がコンプレックス。

中学生   サッカーの監督が超強面&超暴力的。

高校生   腐ってしまい、何もかも中途半端。

大学生   コンプレックスまみれの地獄の4年間。

社会人   東京に上京し、新卒入社するも7ヶ月で退社。

無職    やぎぺーさんの自己理解プログラムを受講。

現在     コーチングで勇気と希望を届けるために活動。

Kuraの抱えていたコンプレックス一覧

・ガリガリ

・人見知り

・自信がない

・強みがない

・友達ができない

・女性と話せない

・お酒を全く飲めない

・他愛のない会話が苦手

・やりたいことがわからない

・飲み会や社交的な場所で全く話せない

誕生〜小学生

1996年に関西で生まれました。

好奇心旺盛でふざけるのが大好き。いつも周囲を笑かそうとしていました。

家系で初めての息子だったこともあり、たくさんの人から可愛がられて育ちました。

幼い頃からあばら骨が見えるほどのガリガリだったため、プールの授業が大嫌いだった。中学3年生で38kgしかなかった。(笑)

小学校に入学後、日韓W杯の稲本選手のゴールの影響でサッカーを始める。

小学4年生からAチームの試合に出たり、大会に優勝したりと充実した日々を送っていました。

中学生

サッカークラブの監督が超暴力的でマジ怖すぎる

小学校から続けていたサッカーを中学校でもやりたかった。

しかし、中学校にサッカー部がありませんでした。そこで地域のサッカークラブに入団することになります。

しかし、入団したチームの監督が超暴力的で怖すぎたのです。

監督はレゲエを聞いてそうな超強面で巨体だったのでとても怖かったのですが、練習体験の時に話してみるととても優しかったのです。

その見た目と中身のギャップに惹かれ、入団を決めてしまいました。

しかし、そのギャップは社交辞令によるものだと入団後の監督の行動を見て分かりました。(やられた・・・)

監督は毎日誰かを怒鳴るわ、殴るわ、蹴るわで最悪でした。

また、練習メニューも最悪でした。

ボールに怖がらなくなるために至近距離から蹴ったボールを顔面で受け止める「顔面ブロック」という練習。

もし、しっかりやらなかったら、監督の超弾丸シュートを至近距離で受けなければいけない恐怖を感じながら必死にボールを顔面で受けていました。(笑)

ぼくはチームを辞めたいと思っていましたが、監督に辞めることを伝えることができないぐらい怖かった。

だからサッカーが上手くなるためではなく、監督に殴られないように常に細心の注意を払って超真面目に3年間過ごしました。

この経験から何かに縛られるのがとても嫌いになりました。

高校生

奴隷のような地獄の3年間から解放される

死ぬ気で受験勉強を行った結果、無事に志望校に合格。

そして、高校に入学し、奴隷のような地獄の3年間から解放されました。

もう監督に会わなくてもいいと考えるととても幸せでした。(笑)

ぼくのこれからの人生であの人以上に怖い人が現れることがないでしょう。

腐ってしまい、何もかも中途半端

高校に入学後、サッカー部に入部。

奴隷のような地獄の3年間から解放されたぼくは「サッカーってこんな楽しかったけ!?」とサッカーの楽しさを取り戻しました。

そして、「海外でサッカーをすること」と「Aチームを目指す」ために部活の練習が終わった後、中学の友達と自主練をほぼ毎日していました。

しかし、高校3年生になってもAチームどころか、Bチームのスタメンにもなれるかどうかの立ち位置でした。

強豪校のBチームならまだいいでしょう。ぼくの高校は強豪校とは言えない中堅校だったのです。

中堅校のBチームの選手が「海外でサッカーする」とか言い出す訳ですから周りにはバカにされていました。(当たり前)

「俺、Aチームに上がるの無理かも」と思っていた時にテストで欠点を取ったり、遅刻したり、カンニング容疑をかけられたりとネガティブな出来事が重なってしまいました。

その結果、腐ってしまい、大学受験を理由に早期で引退を決断してしまいます。

しかし、大学受験にもなかなか身が入らない。

指定校推薦でたまたま志望校の別の学部の枠が空いており、「ここでいいや」と妥協してしまうことに。

最後までやりきらなかった自分にとても後悔しました。

大学生

友達ができないコンプレックス

大学に入って早々、試練が訪れる。

「友達ができない・・・」

大学は高校と違ってクラスなどがないため、積極的に自ら行動することが求められた。

ワイワイしたような社交的な場は苦手だったのでサークルに入るつもりはなかった。

かといって、自分から声をかけるような自信とコミュニケーション能力は皆無。

ぼくはいわゆる「ぼっち」になってしまった。

もう少し詳しく言うと、授業で話したり、ラインしたりする友達はいた。

しかし、昼ごはんを一緒に食べたり、休日に遊ぶような仲の良い友達ができなかった。

周りは楽しそうに昼ごはんを友達と食べているのに自分だけいなかったのがコンプレックスだった。

食堂で1人でご飯を食べる勇気もなかったぼくは昼休みが終わるまでトイレや図書館で籠もっていた。

「なんで周りはみんな友達がいるのに自分だけできないんだ・・・」

内向的とは言えど、今まで友達は少なくともできていたので自分自身が友達ができない側になるとは思いもしなかった。

なんとか大学2年生で本当に気の合う友達ができ、その影響で少しずつ友達も増えていった。(良かった泣)

女性と話せないコンプレックス

友達ができない試練と同時に女性と話せない試練にもぶつかった。

ぼくが通っていた大学は男子よりも女子の方が多いため、女性とのコミュニケーション能力も求められた。

しかし、女子と何を話せば良いか全くわからなかった。

Kuraの女性とのしくじり談

・女子と2人で下校するも、何を話せば良いかわからず、沈黙が続き、非常に気まずい空気が流れる。

・合コンに参加するも、会話するどころか、相手を否定してしまい、途中で帰られるwww

大学入学と同時に

・人見知り
・自信がない
・女性と話せない
・友達ができない
・コミュニケーション能力がない

などのたくさんのコンプレックスに直面し、地獄でした。

学校もつまらないので毎日寝坊や遅刻を繰り返していました。

コンプレックスを克服すると決意

楽しい毎日を送りたかったぼくは、とにかくコンプレックスを克服するために必死に試行錯誤していました。

自信をつけるためにジムで筋トレしたり、本やブログを読みまくって知識をつけたり、お金を払ってコンサルを受けたり、ミニマリストになったり。

その中でも一番克服する手段として良かったのは営業のアルバイトを始めたことです。

人見知りを克服したいと思っていた時にたまたま友達から「営業をやらないか?」と誘いを受けました。

「営業は話すことが仕事だからこれで克服できるかもしれない!」と思ったぼくは当時やっていたアルバイトとサッカーを辞めて営業を始めました。

しかし、営業を始めるも、3ヶ月間1件も獲得することができなかった。しかもフルコミッションだったため振り込まれるお金は0円・・・。

お金がなさすぎて冬のコートを購入できなかったので毎日寒そうに大学に通っていました。(笑)

しかし、「ここで諦めたら高校の時の二の舞になる」と思ったので粘り強く続けました。

その結果、チームの成績で1位になったり、コンテストで入賞したり、副リーダーに昇進することができました。

営業を始めたおかげで自信がつき、コミュケーション能力も向上し、乗り越えることができました。

就活〜卒業

「一生大阪に住むのは嫌だ」
「色々な場所に住んで経験したい」
「どうせなら東京で働いてみたい」

という思いから授業とアルバイトを両立しながら、大阪〜東京を夜行バスで何度も往復していました。

生活リズムが崩れて体全体に蕁麻疹ができました。(笑)

無事に内定をもらい、入社することになります。

大学は試練だらけで、最高のキャンパスライフだったとは全く言えませんが、自分と向き合うきっかけになったのでとても感謝しています。

しかし、またここから試練が訪れるとは思いもしませんでした。

社会人

パニック障害になり、息ができなくなる

大阪を離れ、東京へ上京。

初めての一人暮らしと知らない地に大きな期待と少しの不安を抱きながら新生活がスタートしました。

会社では同期や先輩にも恵まれ、よく会社でありがちな人間関係で悩むことはありませんでした。

しかし、会社で働くことに違和感を覚え始めます。

当時、営業の仕事をしていたのですが、

・何のために数字を追っているのかわからない
・お金をめちゃくちゃ稼ぎたいという思いもない
・上司になりたいという思いもない

「俺は何のためにこの会社で働いているんだろう?」

違和感を感じ始めたぼくは会社を辞めることを考え始めます。

「会社を辞めると税金はどうなる?」
「会社をすぐに辞めても転職できるのか?」
「会社を辞めるベストなタイミングはいつだ?」
「とりあえずやりたいことを見つけるために自己分析だ」

会社を辞めるのか続けるのか毎日毎日毎日考えすぎて消耗していました。

そして、限界が来たので上司に相談することにしました。

相談したことでスッキリしたのか、もう一度腹を括って頑張ることに。

しかし、それも付け焼き刃だったため、たった1ヶ月間しか持ちませんでした。

そしてその後、

・胸に強烈な違和感を感じる
・会社に行かなきゃいけないのに体が動かない
・息ができなくなり何度も救急車を呼ぶか迷う

などの状態が続き、このままでは体を壊してしまうと判断し、退職することを決意しました。

やぎぺーさんの自己理解プログラムを受講

会社の経験を通して、これからは好きなことや得意なこと、やりたいこと、目的を持って働かないと絶対に続かないなと思いました。

そのために自己分析や自分の強みを見つけるコンサルを受けたり、やりたいことをやっている人がどうやって見つけたのか本やブログで探したり。

やれることは全部やりました。しかし、全くやりたいことが見つからなかったのです。

しかし、自分にはまだ最後の手段がありました。

それがやぎぺーさんの3ヶ月間でやりたいことを見つける自己理解プログラムです。

やぎぺーさんの活動は悩みまくっていた大学生から知っていて、ブログ記事を読んでとてもためになった経験があったので信頼できました。

「これでやりたいことが見つからなかったら俺の人生は終わり」

そういう覚悟を持ってプログラムを申し込みました。

現在

パニック障害による息苦しさが再発したり、なかなかスムーズにプログラムを進めることはできませんでした。

しかし、約4ヶ月間に及ぶ死闘の末、無事にやりたいことを見つけることができました。

それが「コーチングで人に勇気と希望を届けること」です。

ぼくはこれまでたくさんの困難とコンプレックスありながらも、乗り越えてきた自負があります。

これからは過去のぼくのように困難に直面している人に対して、コーチングで一緒に乗り越えるサポートをしたいと思っています。

そして、困難を乗り越えて、希望に満ち溢れた人生を送る人を増やしたいです。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。(笑)

この記事が少しでもあなたの勇気と笑顔につながれば嬉しいです。